20代経営者としての苦悩をつらつらと

筆者はとある田舎で町工場を経営しております。私の祖父から約50年続く鋼材屋です。

祖父の時代はだいぶ儲かり、次々と工場などの新築開発も進み、鉄の需要も豊富で鋼材屋としての企業は成功したようです。おかげで祖父の自宅には豪華な家具や屋久杉一本彫りのエビスさん、庭にはどうやって持ってきたんだというぐらい大きな岩がいくつも埋め込まれています笑

一方、父が継いだ頃にはバブル崩壊が起こりそれはそれは大変だったようです。新規開発は進まなくなり鉄の需要も冷え込み、多くの従業員をリストラせざるを得なくなったと聞きました。そしてリーマンショックにもぶち当たり、苦難続きの連続だったと思います。私は4人姉弟のため、こんな厳しい環境の中でも父は私達4人を養っていかないといけない。4棟あった工場も2棟に減り資産売却をしながらどうにか食い繋いできてくれました。

そんな父の時代にも転機が訪れ、太陽光発電の固定価格買い取り制度が始まりました。全国でソーラー開発が進む中、父は一級建築士の強みノウハウを活かして、ソーラーパネルの架台の設計・製造を開始しました。この仕事で大きな利益を出し、また横の繋がりもできて自ら太陽光発電設備を所有する運びとなりました。会社としては安定した固定収入源を獲得できるようになり、業績が回復する大きな起点になったと父は何度も話します。

そして私が2016年に帰郷し、会社を手伝うことになります。この頃には主力事業の鋼材卸売業はかなり低迷していました。その原因が卸先の後継者不足問題です。当社のお客さんはほぼほぼ鉄工所(鉄を溶接などして加工を行う)さんになるのですが、60代・70代の個人でやってる職人さんが多く、なおかつ後継者不在の方がほとんどです。鉄工所自体のニーズはあるのですが年齢的に引退せざるを得ず、それに伴い当社の売上も低迷の一途をたどってきました。今後この悪い流れはさらに加速していきます。後継者不足問題はどの業種にも降りかかる問題でしょう。

そこでこのままではやばいと思い、新しいチャレンジを始めました。材料を卸すだけでなく自社で加工もしていく決意をしたのです。つまり、お客さん(鉄工所)と被る仕事にチャレンジし始めました。鉄工所のニーズはあるけど鉄工所は減っていく。このギャップを突ければパイが小さくても十分に食べていけると思いました。現在つながり繋がりで実際に鉄工の仕事も徐々に獲得できてきておりますが、まだやれる仕事の範囲も限られているため、技術ノウハウを高めていき信頼を勝ち得ていくことが今後の課題になります。

また、並行して軽トラキッチンカーの製造も始めました。元々遊びで鉄骨造の小屋(3畳ほど)を造っておりSNS等で発信していたのですが、これを見た友人から軽トラサイズの小屋を造って軽トラキッチンカーにできないかと相談を受けました。そしてあれよあれよと話は進み、実際に出来上がり、友人はそのキッチンカーで日本一周の旅に出ました。彼がその旅の様子をSNSで発信することにより、大きな宣伝効果を発揮します。そして当社に全国から問い合わせ・受注が舞い込む奇跡的な流れが出来上がりました。ここ2年間で20台以上は製造してきたのではないかと思います。コロナ禍で皮肉にもキッチンカー需要が高まったこともプラスに働きました。

ただ、やはり主力事業の鋼材卸売業が低迷している現状、そして加速する未来は明るいものではありません。鋼材を配達する従業員を今後も継続雇用していく必要もあります。キッチンカー受注はムラがあり、一気に問い合わせが舞い込むことがあるので納期面で断ることもしばしばです。ただ、その分暇なときは閑散としているので、そのタイミングで主力事業が暇な時はものすごく不安な思いに駆られます。将来が見えなくなり絶望することもあります。経営者は一瞬でも気を緩めたり休もうと思ったものなら、一気に目に見えない悪魔に吞み込まれてしまうのです。中小企業は一瞬で吹き飛ぶほどの体力しか持ち得てないので、今後は持久力・そして心の余裕を作っていくためにも、また新たなチャレンジをしていかなければならないと静かに闘志を燃やしております。

常に会社のことを気にかけ、常に不安になり、常に頭を働かせておかなければならない。これが経営者の宿命だと思っております。これからまだまだ長い苦難の旅は続きそうですが、ほんの一瞬の喜び・楽しさ・達成感を得るために、足を止めることなく歩み続けていきたいと思います。

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